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2019.04.12 メンタル

女は時々、小説家になる

 

 

 

恋をしてる女性は時々、

小さな出来事から長編小説を書きあげてしまう

 

それはなぜか創造力豊かなストーリーで

それはなぜかハッピーエンドで終わらない

 

 

 

 

 

彼に電話をしたら慌ただしく切られてしまった。

 

これが、storyの始まり

 

 

 

 

慌ただしく電話を切ったのは

自分よりも大切なものがそこにあって

 

その大切なものは自分とは違う女性。

 

彼は既に私に興味を無くしていて

別れ話は私が可哀想だから言葉にはしないけど

既に彼の心は違う女性の方に行ってしまってる。

 

彼のそっけない態度は、

私から別れを切り出させようという魂胆

 

.........延々とつづくSTORY

 

 

 

 

 

 

相談ではない彼女の話は

きっとハッピーエンドで終わらない。

そう想いながら長編小説の朗読を聞いているようだった

 

 

 

 

 

 

彼女に作家の道を勧めた方がいいのか

そう思うくらいドラマティックな展開

 

 

 

誰かのことを想像するのは楽しいことね。

でもそれがストレスになるのなら、

怖がらずに聞けばいい。

 

 

 

 

慌ただしいと感じたなら

「仕事?」

 

ただ一言ですむのに。

その質問ができなかったばっかりに

気持をモヤモヤさせながら長編小説を書くなんて

 

 

 

もし、彼への質問の答えが

「君とは、もう会いたくないんだ。」

 

 

聞きたくない答えが返ってきたとしても

長編小説なんて書かないで次のことを考えたはず。

 

 

『会って話したい』

『何が会いたくない理由か確かめたい』

『誘われてた別の人と遊びに行ってみよう』

 

 

 

自分にとって辛い答えであっても

未来が必ず見えてくる

 

 

 

 

恋愛でなくても

職場でも夫婦でも親子でも友人でも

 

 

つい日本人は「察する」を実行する。

 

でも、後でモヤモヤした気分で

創造力を働かせて妄想する時間を過ごすなら

一言でいいから質問すればいい

自分の為に。

 

 

 

 

 

 

「わかってくれてるだろう」

「こう思ってくれてるだろう」

 

 

そこに奥ゆかしさがあるのかもしれない

でも「だろう」は事実じゃない

 

 

 

自分が未来を見たいのなら聞くべき。