大田麻美のBlog

泣きながら書くBlog

2021年09月28日

 

メルマガの担当記事を書かないといけないのに

自主トレさぼり気味でお昼過ぎまでメールと格闘

 

電池が切れたのか?

スタッフとオンラインMTGは早々に終わり

雑談しながら1時間ちょっとを過ごし

 

 

その会話の中で私の昔話になり

スタッフに見せてあげたくて昔の写真をゴソゴソ…

(そんな余裕はどこにもないのにイイ度胸してる私)

 

 

一枚一枚の写真にはどれも長~いストリーがあって

メルマガ記事を忘れて写真鑑賞♡

 

 

昔の写真を見てるだけで

私の破天荒さと波乱万丈になる理由がわかる

 

 

その中の1枚の写真と

STORYをご紹介してみます

きっと最後は私泣きながら書いてるはず

※注意:ちょっと長い話になるのでお暇な時に読んでください

 

 

 

 

その写真がこちら

 

 

 

 

私の隣に座ってるのは、

私が起業した25歳の時から

娘のように可愛がってくれた広告代理店の水田会長

 

可愛がってくれたという

イメージとはちょっと違うと思います(笑

 

水田会長も破天荒・波乱万丈な人だから

そんな人が可愛がる私が普通なわけないですね

 

 

 

 

いつも突然電話があって「ここにおるから」

そうやって食事やお茶の相手に呼び出されます。

※会長の会社と私のoffice近かったのです

 

 

 

とにかく付き合いの多い会長。

呼び出された理由がわからないくらい人がいたり

会長に相談に来る人の相談をずっと聞きながら

意味もなく待ちぼうけさせられることもあったなぁ~

 

 

15分間隔くらで沢山の人が相談にくるのですが、

その解決法が、どれも豪快であっぱれ!

 

時々、金庫から札束が飛び出すこともあり

まるで映画のワンシーンのようでした(笑

そんなこともいつしか私の中で普通になってしまう...

 

 

金銭感覚も無茶苦茶。

 

財布は持たずズボンのポッケに

50万くらいのお札を二つ折りに入れてて

小銭は嫌いだから持たないという主義だった

 

 

 

 

ある日、いつものように電話があり

一杯800円もする洒落た喫茶店に行くと

 

絶対に私と関係ないと言い切れる

きっと人生で会うこともないだろう男性が4名

会長と何やら話をしてるところに私が現れ座っても

一切空気が乱れず、自分が透明人間になったようだった

 

私は会話に入ることなく座ってるだけ

800円のコーヒーを頼むと会長が

「ここはケーキも美味しいんや。食ってみぃ~」

それでもその場の空気は一切乱れない...

 

 

20分もすると話が終わり全員お店を出ようとする

その時、会長が私に言った。

 

「ここの高級コーヒーの支払い、小銭で支払いしといて」

 

 

えッ! 私が払うの?

小銭で?

 

 

 

忘れもしない

コーヒー6杯と自分が食べたケーキで6千円ちょっとのお代を

無関係で二度と会うこともない人の分まで支払った。

 

 

 

 

会長と二人、会社まで歩きながら

 

私「あんな金額、小銭で払われへん」笑

 

会長「おまえは気の利いた会話がでけへんのか」

会長「よ~それで海外と仕事でけてたなぁ~」

 

 

こんな破天荒な社長でした。

私が47歳の時、会長の変化に気付きました

 

 

 

気付けば社員より出勤率が高いくらい

私のofficeに毎日来てどうでもいい雑談して帰る。

 

日増しにお爺ちゃんになっていき

足のケガが治らないと足の神社へ連れて行った。

目が悪くなったと言うから目の神社へも行った。

 

 

 

 

私が海外旅行へ行く話を電話でしたら

 

会長「わしも連れてってくれ」

 

私「いやや。向こうで死なれたら迷惑やわ」

 

会長「わし、アメリカは入国でけへんけど他やったら行ける」

 

私「それ、興味あるけど聞かんとくわ」笑

 

会長「一緒に連れてってくれやぁ~」

※毎日officeに出勤できなくなるのが淋しかったのです

 

私「奥さんと一緒に旅行いっといでやぁ~」

 

会長「わし、嫁はんと旅行行ったことないねん」

 

私「それやったら、連れていってあげぇ~や」

 

...それで話は終わったと思う。

 

 

 

 

一週間ほどしてofficeに来た時、嬉しそうに

 

会長「旅行会社行ってきてん♬」

 

私「何しに行ってきたん?」

※すっかり電話の会話を忘れてた私

 

会長「おまえが連れてってくれへんから嫁はんとマレーシア行ってくるわ」

 

私「よかったやん! 行っといで。行っといで。」

 

会長「おまえ、いつからいつまで行くねん」

 

 

 

 

officeのデスクに仕舞ってたチケットを出すと

なんと!!

 

旅行会社も同じなら日程も全く同じだったことに

2人でビックリ仰天して記念に撮ったのがこの一枚。

 

 

 

 

 

お互い帰国して

お互いへのお土産が一切なかったのも同じ(笑

 

 

 

 

 

 

その2か月後、会長は亡くなりました。

お通夜とお葬式に参列しましたが

人間ってこんなに泣けるのかとびっくりしました。

 

 

 

会長は糖尿病だったそうで、

家族にも一切治療はしないと納得させていて

自分の残された時間を知っていたそうです。

 

 

足の傷が治らなかったのも

目が見えなくなっていたのも

糖尿病のせいだったと後で知りました。

 

会長が毎日出勤するようになったことや

どうでもいい雑談の中に自分の命の時間を知ってて

話していたと気付くことが山のようにありました。

 

 

 

そういう時に、後悔ってやってくるんですね。

私は基本、やりたいことをやってしまうので

後悔することがほとんどなくて後悔初体験女子でした。

 

私の体内の水分ってこんなにあるの?

目が腫れて開かないくらい毎日泣いてました。

 

 

 

 

 

 

会長が亡くなった数か月後、

会長の弟さんから電話がありました。

 

 

大田さんからの「メールくらい返信してよ」というメールが

兄の携帯にあった最後のメールでしたと伝えられた後...

 

「兄との間に子どもさんはいらっしゃいますか?」と聞かれた。

 

 

 

今はこの弟さんの電話を笑えますが、

当時は、何を聞かれてるのか私が何の対象なのか

思考が錯乱していて

 

「いえ、子どもはおりません」

「会長には娘のように可愛がっていただきました」

 

とだけ答えた記憶があります。

 

 

 

 

お通夜やお葬式でガン泣きした自分を反省しました。

ご家族よりも泣いてた記憶があります

 

お葬式から出棺まで気丈な奥様を見ながら

『さすが会長の奥さまだ』と思っていましたから。

 

 

 

これを書きながら既に泣いてます(笑

何度思い出しても泣けます

 

 

22年間、私のどこに興味をもったのか

とにかくいつも私の周りでわちゃわちゃ存在してて

頼みごとより頼まれごとの方が多かったから

必要な存在だと認識することもなかった。

 

 

いろんなことがありました。

無茶苦茶で迷惑な出来事も沢山ありました。

 

 

 

会長が死をもって私に最後に教えてくれた学び

 

とにかく人生を冗談のように笑って過ごすこと

いい事も悪い事も笑いに変えてしまうこと

 

 

 

私にも、いろんな付き合う人がいますが、

会長ほど笑いのネタになる人はいない。

 

一冊の本では書ききれないネタがあります。

今日ご紹介したのは、ほんの一つ。

 

 

私に笑うことの大切さを教えてくれたし

どんなことでも笑いに変えられると教えてくれました。

 

みなさんも、日々穏やかに過ごすのを好む人もいるけど

破天荒で波乱万丈で全てを笑いに変えるのも

楽しい人生かもしれないよ♡

 

 

 

私は会長の存在しない遺言通り

まだまだ破天荒で波乱万丈を継続しつつ

一つでも多く、少しでも長い時間

いろんな事を笑いに変えて生きる♡

 

 

この長~いSTORYを読んでくださったみなさんも

顔に縦シワつくらず笑顔の横シワ増やしてくださいね♡

 

 

 

 

 

 

会長との最後の笑いネタは...

 

会長「・・・・・におるから、今からいくわ」

 

私「そこにスターバックスあるやろ♡」

 

会長「喫茶店やな」

 

私「そうそう、喫茶店みたいなもん」

 

会長「それがなんや」

 

私「買ってきてぇ~♡」

 

会長「なにを買うていけばええんや?」

 

私「グランデサイズのソイラテエキストラホットノンフォーム」

 

会長「ちょっとまて!メモせな覚えられへんがなぁ~」

 

 

数分後、会長から電話があり

「ちょっと店員さんに代わるから言うて。」

 

 

 

 

そしてofficeにスタバの紙袋もって来社した会長

開口一番、大きな声で

 

「わしに、こんな使いをさせるんはおまえだけやッ!」

 

 

 

涙流して大笑いしました。

確かに、会長の知り合いの面々を拝見してきた私。

会長にそんなお使いさせる人はいないと思います。

 

でも、私は人を肩書や人脈で判断しません。

その人そのものしか見ない。

 

その人が、どんな有名で資産家で成功者であっても

人として興味が無ければ付き合わない。

 

 

みなさんも、肩書や噂で人を判断せず

楽しい人とと付き合ってくださいね♡

 

人生でこれでもかってくらい

楽しい思い出を増やしてほしいし

全てを笑いに変えてほしい。

 

 

 

 

 

 

最後に...

私が会長と出会ったキッカケは(私25歳)

 

それまで付き合いした広告代理店の担当者に

起業した会社の名刺を作りに会社へ行った時

エレベーターを降りて

「〇〇課」「〇〇部」といくつもの扉があり

廊下でどこに入ればいいのか迷ってる時

 

会長が現れ

「あんた、ここに何しに来たんや?」

そう声をかけられたのが出会いでした。

 

 

 

私が、会社の名刺を作りに来たと答えると

部屋を教えてくれるのではなく

「こっちおいで」と会長室に呼ばれ

 

会長から「なんの会社するんや?」と質問攻め。

 

建築資材の輸入卸業をするんだと伝えると

会長は...

 

やめとき!

そんな男だらけの業界に女のあんたが入っても

雑草のように踏みつぶされるだけや。やめとき。

悪い事は言わんから、違う仕事に変え!

 

 

その後は会長の説得の嵐でした(笑

 

私25歳。右も左も分かっていない時期

名刺の注文で利益が出るのにこの人は何故

私の名刺作成を阻止しようとするのか???

 

面倒なオヤジにつかまったくらいに思ってました

私の頑固さにやっと、面識のある担当者を呼んでくれ

無事、名刺を発注することができました。

 

 

 

その後、毎月のように会長から

新聞紙に赤丸が付いた手紙が届くことに。

 

その新聞記事はどれも私の事業に関連する記事で

当時の私は面倒くさいと読みもせず捨てていました。

 

 

返信も連絡もない無礼な私に

担当者からの連絡で食事に誘われそこに鎮座してた会長。

 

そこから会長と楽しい付き合いがStart!

 

 

 

 

出会ってから6年後だったでしょうか

会長と会長の友人達と食事した時、会長が私に

 

おまえにやめとけと言うたことは間違いやった。

わしの間違いやった。すまん。

 

 

 

短すぎるその言葉に、

何を言ってるのかその時は、わかりませんでしたが

後々、私の心に沁みる最高の誉め言葉でした。

 

 

 

 

 

会長が今、生きてくれていたら

もっと大笑いできるのにって時々思う。

もっと笑わせてあげられるのにと思う。

 

もっと大切な存在だったと思えるのに

もっと学びたいことがあったし

もっと聞きたいこともあった

 

 

 

それを後悔というのでしょうね...

 

 

 

一枚の写真には、この文字以上にSTORYがあって

時々、それを思い出して振り返るのもいい

 

 

 

私は既に涙が止まらない状態で書いてます(笑

本気で、死んだ人に生き返ってほしいと願ってるようです

 

 

 

 

 

またどこかで、ここに書いた以外の

水田会長とのエピソードをご披露できたら♡

 

 

 

 

 

追伸:もう亡くなった会長の個人情報漏洩はいいよね(笑

メルマガ記事を書かないと!

 

 

 

 

 

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